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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)694号 判決

京都市中京区三条通衣棚東入

控訴人

中京税務署長

丹羽彦次郎

右指定代理人

福光愿

千葉鎮雄

松本義章

岡部春義

右訴訟代理人弁護士

永沢信義

右訴訟復代理人弁護士

山田忠史

京都市中京区高倉通押小路南入

被控訴人

馬場高一

右訴訟代理人弁護士

小田美奇穂

本田隣治郎

右当事者間の贈与税課税価格等の決定取消請求控訴事件につき、当裁判所は昭和三四年一〇月二二日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、被控訴代理人において当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、控訴代理人において当審証人桑名治男、同小西泰太郎、同嶋村厳の各証言を援用した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

まず控訴人の本案前の抗弁について考えるのに、当裁判所は右抗弁が理由がないものと認めるものであつて、その理由は原判決に示したところと同一であるからこれを引用する。

そこで進んで本案について審究する。

控訴人が昭和二九年三月二六日被控訴人に対し、被控訴人が昭和二八年中にその父である訴外馬場伊造から原判決末尾添付の目録記載の不動産(以下単に本件不動産と略称する)の贈与を受けたものと認定し、その価格を六七一、三〇〇円と評価して、税額一六六、三九〇円、無申告加算税一六、六〇〇円とする昭和二八年分贈与税決定を通知したことは当事者間に争がない。

ところが、被控訴人は右不動産は同人が昭和二八年三月三一日訴外市田彌枝から代金三五〇、〇〇〇円で買受けたものであると主張し、控訴人は右不動産は被控訴人の父である馬場伊造が買受け、これを被控訴人に贈与したものであると主張するので、まずこの点について判断する。

成立に争のない甲第一号証、原審証人千葉鎮雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、成立に争のない同第四号証、同第六号証の一、二、同第七号証の一乃至五と原審及び当審証人小西泰太郎、同嶋村厳、原審証人馬場伊造、同石塚陸、同市田厳次郎の各証言の一部、原審証人服部文太郎の証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果の一部を綜合すると、右不動産はもと訴外市田彌枝の所有に属していたが、財産整理のためこれを他に売却することになり、まず同人と関係の深い国際物産株式会社に対し社宅として買取つて貰うべく交渉したが、右会社では同会社が大阪にあるため、京都市内にある本件家屋を社宅とすることは何かと不便であるので、これを拒絶し、その社員で現に右家屋に居住している被控訴人の父馬場伊造にその買取方の斡旋をしたところ、同人は買受資金もないこととて一たんこれを断つたが、家族と相談の結果、月賦でなら買受けてもよいとの結論に達し、右会社の社員を以て組織され、会員の福利厚生と会員相互の共済を目的とする済友会に右買受資金の貸付方を申入れたところ、その承認を得たので、伊造において昭和二八年三月三一日同会から金三五〇、〇〇〇円を毎月四、〇〇〇円宛崩済する約定で借入れたこと、同日右借入金を以て本件不動産の売買が行われたが、その売渡証明書によると被控訴人が買主となつており、同年四月四日被控訴人名義に不動産移転登記手続がなされていること、右売買の交渉等はすべて伊造においてなし、被控訴人は全然これに関与せず、済友会の係員には勿論、右売買の衝に当つた市田彌枝の代理人とも面接したことすらないこと、右借入金の崩済も伊造において済友会に対し第一回は金二〇、〇〇〇円、その後は毎月四、〇〇〇円宛昭和三〇年二月までなしたが、その後はなされなかつたところ、同人が昭和三一年一月二九日死亡するに至つたので、済友会においてはその残金を伊造の退職金等と相殺して決済していることが認められる。もつとも、甲第二号証によると、被控訴人が父伊造と連帯して国際物産株式会社から金三五〇、〇〇〇円借用し、本件不動産に抵当権を設定する旨の記載があるが右借入の相手方が済友会であつて、国際物産株式会社でないことは原審における被控訴人本人の供述によつても明らかであり、又甲第二号証の作成せられた経緯につき原審並びに当審証人小西泰太郎、原審証人嶋村厳は三五〇、〇〇〇円の貸付は済友会としては貸付限度を超える例外的なことであつたので、その担保をとる必要があつたが、済友会名義では抵当権を設定させることができないので、抵当権設定のために特に右会社を債権者とする甲第二号証(借用証)を作成させたものであると供述し、又原審証人小西泰太郎、原審並びに当審証人嶋村厳は済友会では会員以外の者には貸付をしないことになつていたので、実際の借主たる被控訴人及び伊造を連帯債務者とする甲第二号証(借用証)を作成させたものであると供述し、或は抵当物件の所有者が被控訴人であるから右両名の連帯債務としたものであると供述する。しかしながら、済友会に法人格がなく、同会名義に抵当権設定登記手続をさせることができないにしても、その代表者個人の名義を以て済友会のために抵当権を設定させることは可能であるのみならず、右の如く国際物産株式会社名義に抵当権を設定させるためにわざわざ甲第二号証(借用証)を作成させたものであるとすれば、特段の事情のない限り直ちに抵当権設定登記手続がなさるべきであるに拘らず(右特段の事情についてはこれを認めるに足る証拠はない)、その後被控訴人が右会社のたあに抵当権設定登記手続を経ていないことは原審証人小西泰太郎の証言により明らかであるから、右甲第二号証が抵当権設定のために作成されたものと速断することはできない。しかのみならず、乙第一号証によると、訴外小西泰太郎は大蔵事務官千葉鎮雄の質問に対し本件貸付の相手方は伊造であり、又担保物件は初め提供を求めるかどうかで協議したが、結局社員同志であるということで担保をとつていない旨供述しているので、あつて証人小西泰太郎はこの点につき原審において右質問に対し右の如く述べたことは事実であるが、これは真実に反する。殊に前者は質問の意味を軽く考え、かように述べたが、実質的には被控訴人を含んだ意味で答えたものであると弁解する。しかし、右乙第一号証の記載自体及び原審証人服部文太郎の証言に照しても右の如き誤解があつたものとは認められず、却つて、乙第一号証によると、小西泰太郎は右質問に際しては伊造から依頼を受けた事情もあつて細心の注意を払つていたことが窺われるから、被控訴人に不利な右供述を殊更述べるものとは到底考えられないし、右乙第一号証と原審証人小西泰太郎の証言により明らかな如く小西は済友会の会計担当幹事であり、且つ国際物産株式会社の財務課長でもあつて、本件貸付については最も事情に通じた担当責任者であり、且つ本件貸付は貸付限度額を大幅に超過した例外的なものであるから、右貸付当時から一年有余後になされた右質問に際し記憶を喪失するとも思われないから事実を述べたものと解するの外はない。更に、右甲第二号証(借用証)のような文書が何時にでも自由に作成できる性質の書面であることを考え合せると、本件甲第二号証の存在はいまだ前記認定を覆すに足る証拠とすることはできない。前甲第一号証によると、本件不動産の買主が被控訴人になつているが、売渡証書が通常登記のために作成せられるものであることに徴すると右記載があることによつては未だ右認定を左右するに足りない。

被控訴人本人及び原審証人馬場伊造は本件不動産は被控訴人が市田彌枝から買受けたもので、その資金は被控訴人が済友会から借受けたものである。もつとも、その借入請求書、済友会の帳簿の口座は伊造名義になつているが、これは済友会では会員以外には貸付をしないことになつていたのに、被控訴人が特別に便宜を計つてもらい、例外的に貸付を受けたので、形式上会員である父伊造名義にしておく必要があつたからに外ならない。又その返済も便宜上伊造がその給料日に被控訴人のために立替支払つていたが、被控訴人はその都度右立替金を返済していた旨供述し、原審並びに当審証人小西泰太郎、同嶋村巌、原審証人石塚陸、同市田巌次郎はいずれも右供述を裏付ける供述をするが、原審における被控訴人の供述によつても認め得られるように、被控訴人は当時僅か二十一歳の青年で月収一万余円に過ぎなかつたし、父伊造の死亡後は済友会えの返済もしていない事実と更に前顕各証拠殊に乙第一号証の記載並びに前記甲第二号証の信用できないことと対照するとき、これ等の供述は未だ当裁判所の心証をひくに足らず、他に前記認定を左右するに足る的確な証拠はない。

以上の認定事実によれば、本件不動産は被控訴人の父伊造が済友会から金三五〇、〇〇〇円を借受けた上、これを以て訴外市田彌枝から買受け、これを被控訴人名義で登記したものと認定するのが相当である。而して伊造が右登記したのは単に被控訴人名義に仮装したものでなく、真実被控訴人に所有権があるものとして登記せられていることは弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、結局被控訴人は伊造から右登記を経ることにより本件不動産の贈与を受けたものといわねばならない。

してみると、被控訴人は相続税法にいわゆる贈与により財産を取得したものに該当するものというべく、しかも被控訴人は右財産取得当時相続税法施行地内に住所を有するものであるから、控訴人は被控訴人に対し右取得財産全部につき贈与税を賦課しうるものといわねばならない。

そこで進んで賦課税額が正当であるか否かについて考えるのに、本件不動産の課税価格が六七一、三〇〇円を以て相当とすることは被控訴人において明らかに争わないところであるからこれを基準に昭和二九年法律第三九号による改正前の相続税法第一八条所定の税率を乗じると、その税額が一六六、三九〇円となることは算数上明らかであり、被控訴人が贈与税の申告書を提出しなかつたことは弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、被控訴人は無申告加算税を賦課されることになるところ、期限内申告書の提出期限の翌日たる昭和二九年三月一日から贈与税決与税決定が納税義務者たる被控訴人に通知せられた同月二六日までの期間は一月以内であるから、右無申告加算税額は同法第五三条により贈与税額の一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額一六、六三九円となる。

そうすると、控訴人が被控訴人に課した税額一六六、三九〇円、無申告加算税額一六、六〇〇円とする昭和二八年分贈与税賦課処分は相当であつて、何等の違法がないから右賦課処分の無効であることを主張する被控訴人の本訴請求は失当で棄却を免れず、これと反対の見解にでた原判決は失当で本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉村正道 裁判官 竹内貞次 裁判官 大野千里)

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